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JOURNAL

制作風景や取り組みなど、あれこれお届けしていきます。

渾身の一着にたどり着くまで

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こんにちは、KNITOLOGYの山口です。。

さて、今回は今から7年前にニットコート開発に取り組み始めた頃のお話です。

 

阿部ニットさんにご協力いただき、いざ製品開発と思ったわけですが本当に1型目のニットコートの製品開発は苦労が多かったようです、、

なんと言っても1年かかっていますからね、、途方も無い。

 

実際に鬼久保はニットに関しての勉強はしていたとはいえ、
当時、機械での操作に関しては素人。

逆に、阿部ニットさんも鬼久保が作りたいと思うような製品を
開発しようとしたことが今まで一度も無く、

まさに手探り状態からのスタートでした。

 

まずは「何を作るのか。。。」

そこでまず 一番稼働していない12GGの機械を使って製品づくりをすることを決めました。そうすれば、阿部ニットさんの請け負っている仕事を邪魔することがなく、工場全体の生産量を増やせると考えたからです。

 

次に「編み目の細かい生地を使って何を作ろうか。。。」

シーズンに関係なく毎年、オールシーズン使ってもらえるもの。

白衣のようなワークコートをつくろう!!

と思いつき、ここからパターンなどのデザインに入りますが、ここのお話は話すと長くなるので、また追々ご紹介していきます。

 

いざニット機を使って制作をスタート!

糸を見て、良い!と思った糸で編んでみると、、、、

 

全然綺麗じゃない。。。

そこからシルク、コットンや化繊など何十種類ものサンプルを編み試し、やっと一つの素材にたどり着きました。

 

ワークラインに関しては、この初期段階でたどり着いた素材で様々なアイテムを作り続けていますが、

今の素材は扱いやすくニットなのに張りがあって、目面も美しい。

 

私が2年前に入社して以来、新製品のサンプルができる度に
様々な試し編みをして考えられた極上の素材なのだなと、本当に感動を覚えます。

 

そんな万能な素材にたどり着くのに、まず多くの時間を要しました。

 

それでも、まだまだ製品のクオリティが完成までいきません。

 

工場のお仕事の合間を見て、編み試作をお願いしていました。

阿部ニットさんには、KNITOLOGYのプロジェクトよりも大事な生産のお仕事がたくさんあります。まだ、生産の見通しも販路も開拓できていなかったKNITOLOGYに時間を割くことはとても大変なことだったと思います。

 

忙しい現場の合間を縫って、サンプル製作をしていただくわけですが、

 

それは失敗、、、失敗、、、の連続でした。

 

ニット製品を作るのはそんなに大変なの?と疑問に思うかもしれません。

形通りのデータを作って、機械をポチッと押せば良いだけじゃないの?と。

 

はい、私もKNITOLOGYに入るまでそう思っていました。。

 

複雑な曲線を描くパーツを編むのはとても難しく、傷や機械の故障が頻発します。

 

編み上がっても、乱寸という問題があり、パターンぴったりの寸法に仕上がりません。

同じ機械なのに毎回寸法が違う、
違う機械で編むと寸法が違う、
編む季節が違うと寸法が違う
スチームをかける人が変わると寸法が変わる、、、

 

などなど、一定の寸法に仕上がらない問題を解決するのに何ヶ月も費やしました。

 

KNITOLOGYのニットはパターンをこだわっているためパーツ数が多く

全てのパーツが完成する時には既に1年が経っていました。

 

その間、鬼久保は数え切れないほどの回数工場に通い、途方も無い失敗を繰り返し、製品化までたどり着きました。

 

生産の段階でも通常のニット製品の制作の10倍ぐらいの手間がかかっているため、

 

KNITOLOGYと同じような仕様で製品を作って欲しい!!

 

とデザイナーが工場にお願いしても確実に断られるような仕様になっているのです。

 

当時はCADでのデータ作りや、編機の機械操作も全くできなかったため、開発の中で、CADや機械の操作も根気よく鬼久保に教えてくださったそうです。

 

忙しい生産を抱えている状態の中でも、ブランドの製品開発をサポートしていただいたことには感謝しかなく、

 

私が鬼久保にブランドを始めた頃の話を聞くと、苦労エピソードと共に「ブランドとして阿部さんたちに恩返していくことが、まず一番」といつも言っています。

 

そんなたくさんの試作と、失敗、研究改良の日々を経て、

 

阿部ニットとKNITOLOGYによる渾身の一着、
「ニットコート」が出来上がったのです。

初めまして、KNITOLOGYです。

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初めまして。KNITOLOGYの山口と申します。

今回はブランドの立ち上げエピソードを話そうと思っているのですが、先に私の自己紹介をしたいと思います。私は2年前からKNITOLOGYで働いています。

 

慶應中高大と進学し、その後東京のエスモードに入り、3年目にはパリへ留学し、エスモードパリ校のニット科でファッションを学びました。自分で言うのもなんですが、順風満帆な学生生活でした。

しかし、帰国後、アパレルの中でも特にニット関係の仕事に就きたいと思い、就職先を探していたのですが、

働きたい会社もなかなか見つからず、就活もうまくいかず、

ニット関係の仕事のインターンをしていました。

 

アパレルインターンあるあるですが、インターンだけでは生活費が到底稼げないに等しいので、諸経費を稼ぐために、美術館のショップでアルバイトしたり、時期によってはニートをしたりと、

なんだか宙ぶらりんな生活をしていました、、、

 

あ、もうバイトの契約期間も終わってしまうな、、、次はどうしよう、、、

とふわふわとしている時、インターン先の方と一緒にKNITOLOGYのオフィスへお邪魔する機会がありました。

 

そこでKNITOLOGYデザイナーの鬼久保に出会いました。

 

初めて会った際、私がニットの仕事に興味があることを話し、

「インターンのためにバイトをしててもしょうがないよ!!というかバイト終わったら次どうするの!??」と色々心配され

 

どこの馬の骨ともわからない私を雇ってくださり約2年が経ちます、、、

 

私自身、入社するまではKNITOLOGYについて、ニットのブランドであることや、デザイナー自ら日本の工場で、機械操作までしているということなどは少し知っていましたが、

実際にものづくりの苦労や、製品のこだわりに関しては全然知りませんでした。

 

私もこの2年間働き、ニットの知識やKNITOLOGY製品に関しても、わかったこともあれば、まだまだ知らないこと、わからないこともたくさんあります。

 

でも、KNITOLOGYの製品は知れば知るほど、すばらしいと思う部分がとても多く、

その製品の魅力や、開発の秘密をぜひ皆さんにも伝えいと思っています。

 

実はKNITOLOGYはスタートしてからもう7年目になります!

 

今さらですが、KNITOLOGYをスタートするきっかけすらあまりお伝えしていなかったので、今回は初心にもどり、スタートしたきっかけや背景から探って行こうと思います。

ブランド自体はデザイナーの鬼久保が7年前に今でも変わらず人気のあるニットコートを一年かけて開発するところから始まりました。

では、初めて会った日に、私に、「インターンのためにアルバイトするとか何やってんの!!!」と言ってくださったデザイナー鬼久保の経歴を簡単にお話ししますね。

 

 鬼久保は、日本の服飾専門学校を卒業後、イギリスのノッティンガムトレント大学のニット科に進学、大学在学当時に勤務していた会社の友人から受けた相談をきっかけに福祉のデザインに興味を持ち始め、

在学中は高齢者、障害、ワーキングプアを題材にするなど福祉にかかわるデザインに重きを置き始めました。

 

福祉に関わる製品デザインの中で触感の重要性を知ったことから、布の触感よるセラピー効果をより深く研究するべく、帰国後慶應義塾大学SFCの政策学科の大学院に進学しました

 

 その一方で、社会問題としての地場産業や生産現場を取り巻く環境にも関心があり、大学院在学中に、自身の出身地である福島のニット産地へと訪問し、工場を見学していた際に、阿部ニットさんと出会いました。

 

ちなみに日本と海外で、ファッションの勉強、研修を積んできた鬼久保でしたが、

大学院に入り、卒業する頃には、ファッションの世界よりも福祉や、触感セラピー、地場産業の活性化等に興味を持っており、

 

本人はアパレルに就職するつもりも、アパレルをやるつもりも全くなかったそうです、、

しかしながらデザインされて消費させるファッションを取り巻く製造業の仕組みに疑問があったため、阿部ニットさんとは意気投合。

 

自身のルーツでもあるニットデザインを生かし、阿部ニットさんで目にした高品質なものづくりの魅力と工場が抱える問題や福祉の問題解決にも役立つ製品づくりを目指し、

ニット製品のデザイン、製造、販売を通して、社会を心地よくする会社」を作りたいと考えるようになります。

 

おそらく本来好きであった、服のデザインへの情熱が、沸々と湧き上がったのだと思います。

 

工場の現場ではシーズンごとにデザインされた服を生産することによって出てくる繁忙期、閑散期に仕事にムラがあり負担が大きいことや、編機のデータも1型ずつ作り直さなければならない等の問題がありました。

 

そういった問題解決をするために、定番となる製品をニットで作りたい。

そんな情熱を元に、製品開発に乗り出したのですが、

それは途方も無い、壮大なプロジェクトの始まりでした。

 

続く、、、

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